唐津から東松浦半島をドライブ。虹の松原を行く

もうお盆が過ぎでも真夏の日々が続いてる中、恒例のドライブを今回は隣の佐賀県、唐津を走った。やはり日帰りなので虹の松原から東松浦半島を海岸にそってドライブした。このほかに玄海原子力発電所や長崎県鷹島も行きたかったが時間的に難しかったのでこのコースになった。

スタート地点の浜玉町浜崎の交差点付近に石碑が立ってた

 

虹の松原

虹の松原(にじのまつばら)は、佐賀県唐津市唐津湾沿岸に広がる松原
概要
日本三大松原のひとつで特別名勝に指定され、日本の白砂青松100選、日本の渚百選、かおり風景100選、日本の道100選にも選ばれている。玄海国定公園の一部。幅約500 m、長さ約4.5 km にわたって弧状に約100万本のクロマツの林[1]が続く。面積は約216 ha である[2]。海水浴場と隣接することでも知られる。

歴史

17世紀のはじめ、唐津藩の藩主である寺沢広高が新田開発の一環として、防風林、防砂林として植樹を行った。藩の庇護の下、禁伐の掟(伐採は死罪)はもちろんのこと、燃料としての落葉の採取も厳しい制限が課せられていた。また、藩主の改易や移封により主家が変わっても手厚く管理された。

寺沢広高は、この中に自分が愛してやまない松が7本だけあると言ったというが、どの松と指定されてはいない。これは住民に「もし自分が粗末にした松がその7本のどれかだったら」と思わせることで、全ての松を大事にせざるを得ないように、心理的に圧力をかけたものといわれている。

この松原は、その区域の長さから、藩政時代は「二里松原」と呼ばれていた。明治時代に呼ばれるようになった「虹の松原」の語源とも言われているが、呼称が変わった理由などは知られていない。

1771年には、当時天領となっていたことから、農民の反乱である「松原寄り(虹の松原一揆)」の舞台ともなっている。

明治維新以降は国有林に編入、2007年現在は、佐賀森林管理署が管理を行っている。民有地が僅かに点在するものの、ほぼ全域が保安林に指定されており、現在も伐採は制限を受けている。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%99%B9%E3%81%AE%E6%9D%BE%E5%8E%9F
wikipediaより引用


隣に看板がある

先ほどの石碑から少し進んで海側に抜けると砂浜が広がる。浜崎海水浴場だ。糸島市側を見ている。もうお盆を過ぎたので誰もいない

唐津側を眺める。やぱり誰もいない

北側を眺める。風が強く波が荒れてる

浜辺は車で乗り入れが可能だ

風が強いのでウィンドサーフィンがあっという間に通り過ぎた

虹の松原に戻る。お土産屋が点在している

唐津側を眺める。松で囲まれてる

虹の松原の中間あたりに定番のからつバーガー屋がある

残念ながらお腹空いてないので今回は食べない

なぜおそ松さん?

糸島方面を眺める。

唐津市内方面。

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